この記事は、2011年7月号(VOL.12)に掲載されたものです。内容は当時のものです。
その犬の向こうにいる飼い主の気持ちを思って
ー宮城県仙台市 dogwood
2011年3月11日。この日を境に東日本の日常が一変した。そして、追い打ちをかけるように、原発事故。震災を生き抜いた命が、この原発事故により再び脅かされる日々が続いている。
福島原発警戒区域では、民間の動物愛護団体のペット救出が盛んに行われていた。この未曾有の災害に、救出される犬猫の数は想像をはるかに超えていた。被災地でもある宮城県仙台市。その山の中でドッグカフェ、ショップ、サロン、ドッグホテルなどを営んでいる「dogwood」は、いち早く避難生活している人のペットや、飼い主不明の犬猫を預かり始めた。福島県に近い預かり拠点ということもあり、警戒区域内で活動している個人のボランティアや愛護団体から預かった犬猫も次第に増えていった。6月現在、253頭。もちろん無償で預かっている。
隣接するRelief動物病院では、まず健康診断し飼い主の申告に基づき、狂犬病や混合ワクチンの接種をしているが、接種率は実に1割程度と低い。ブリーダー業も営んでいる代表の我妻さんは、そんな犬たちの環境を考慮し安全に預かれるよう細心の注意を払う。
現在も、約250頭の犬猫が施設内に滞在する。しかし、ペットの数に対して圧倒的に足りないボランティアの数。それでも、狭いケージに入れっぱなしは不健康だし、犬にとってストレスだからと、朝、昼、晩と頻繁に犬をドッグランに出す。中型・大型犬は1頭ずつリードで散歩し、排泄の状態をその都度チェック。小型犬は性格や状態によって、フリーにする犬とリードで散歩する犬に分ける。フードの量も犬別にリスト化され、細かく管理されている。
取材した日に参加していたボランティアには、海外から駆けつけた日本人もいた。「朝から晩まで屋外で犬の世話をすることは、肉体的に辛いけれどそれがここにいる250頭近くの犬猫のためになるんだったら、苦にならない」と語ってくれたのは、震災当日仙台空港で出張中の夫が被災したという女性。無事に帰ってきた恩返しを仙台でという妻の気持ちに、夫は快くボランティアへと送り出してくれたという。
震災から約2ヶ月。預けられている犬たちに変化が見え始めた。これまで室内犬で、「ひとりっこ」としてかわいがられた犬もここでは、集団生活だ。飼い主と離れた上、見たこともない数の犬。そんな環境の変化に戸惑いやストレスを抱えて、ガウガウと咬みついたり、落ち着かずグイグイとリードを引っ張る犬もいた。昨日までいい子にしていたのに、長引く集団生活で突然豹変する犬もいた。しかし、多くの犬たちは、排泄のタイミングや食事の時間、甘えて遊ぶ時間、犬舎に戻る時間を把握し素直にボランティアに協力しているのだ。
毎日更新するブログを見てたくさんの支援物資が全国から集まっている。「ご支援、ボランティアさんには感謝している」と我妻さん。しかし、預かっている数は約250頭。フードの消費量だけでも半端ではない。そのため、今後も長期的な後方支援が必要だ。
dogwoodでは、預かっている犬猫の先に、飼い主がいることを決して忘れない。安心して預けてくれる飼い主の期待に応え大切なお客様の家族を預かっているという気持ちを第一に、終わりの見えない日々への奔走が続く。
家族に会えたよ! 福島浪江町からのありがとう。
福島第1原発から半径20キロの警戒区域にあたる浪江町から避難している前田さん一家。2〜3日の避難だからといわれ、愛犬ラン(♀・4歳・ブリタニースパニエル)を置いて、家を後にした。避難所に犬を連れて行くことは、他の人に迷惑がかかると考え2〜3日で帰れるなら…と、つないだままにしておいた。まだ幼い2人の子ども達は愛犬と離れた悲しみに暮れ、毎日泣いていた。それをなだめるのが大変だった。ところが、数日経っても帰宅することはできず、「ランは死んでしまったかも…」という不安が頭をよぎる日々。避難から10日ほど経ったある日、近所の人が一時帰宅をするというので、「もし、生きていたらリードを外してきて欲しい」と頼んだ。
警戒区域では、たくさんの犬がレスキューされていると聞いていた。しかし、インターネットも使えず、ケータイの画面で自分の犬を探すことは困難を極めた。ある日、避難先の旅館でお風呂から上がると、「保護しました」と書かれた新しいチラシに気がついた。何気なくめくってみると、そこには愛犬ランによく似た姿が。預かり名は浪江町で保護したから「なみえちゃん」。翌朝、預かり先である宮城県仙台市の「dogwood」に電話をした。電話口で「ランと呼んでみてください」と、スタッフに名前を呼んでもらったが、「なみえちゃん」は、どの呼びかけにも反応する始末。
幸い車があったので、翌日、仙台まで確認しに行った。「なみえちゃん」との対面。一瞬、緊張が走る。お互い見つめ合い、間があいた。息を呑み、いつものように呼びかけた。
「ラン!」
「わお〜ん!(おとうさーん!会いたかったよ〜!)」
それは、「なみえちゃん」が「ランちゃん」だとわかった瞬間だった。
前田さん一家は、現在も避難生活を余儀なくされている。ペット可の仮設住宅の入居が決まるまで「ランちゃん」を「dogwood」に預ける方針だ。週に1度は無理だが、時々仙台まで面会に来ている。何よりも、再会したときの子ども達の笑顔がたまらなく幸せそうだ。前田さんは言う。「ランを救出してくれた方に感謝しています。そして、チラシを作ってくれ、避難所に貼ってくれた人にも感謝。(振り返り、dogwoodのスタッフに向かって)もちろん、預かってくれているdogwoodさんにも感謝でーす!」と満面の笑みを浮かべた。
面会があった翌朝、「ランちゃん」は前日家族と楽しく過ごしたドッグカフェに行けばまた会えると思ったのか、その場所へ行きたいとフェンスを乗り越えようとしていた。その姿を見ると、1日も早く一家で暮らせる日がくることを祈らずにはいられない。