いしいますみの老犬学入門
文:石井万寿美/獣医師
大阪府守口市の動物病院「まねき猫ホスピタル」院長。著書に「動物のお医者さんになりたい」「虹の橋のたもとで」「ペットロスの処方箋」(すべてコスモヒルズ社)など他多数。
84歳の父親は、おかげさまで元気で、一緒にランチに行くと、カツカレーを残すことなく平らげます。そんな父でも、やはり歩くとなると、おぼつかない。信号を渡るときは、青になった時でないと渡れません。途中で渡ると赤信号になるからです。歩いていると「まーちゃん、早く歩きすぎや」と注意されることもあります。
父を週に1回、リハビリに連れて行っています。マッサージをしてもらい、歩き方を理学療法士さんに習っています。もう数カ月以上行っているので、足取りが少ししっかりしてきました。人間は、加齢のために、放っておくと筋肉は衰える一方。年だからと放っておかず80歳を超えても、リハビリをするとよくなる、というのは、驚きでした。
先日、典型的な柴犬の認知症の子が、転院してきました。14歳、女の子。自分で立てないので、起き上がろうとすると鳴く。四肢には、 軽い床ずれが出来ていました。食事は、顔の近くに持っていくと食べることはできたのです。
動物を見ると飼い主さんの愛情がわかります。その子は、尿などの臭いもほとんどしない綺麗なわんちゃんでした。転院理由は、通っていた動物病院では鳴くので「寝かせておきましょう」と催眠剤を処方していたそうです。飼い主さんは、なにか違和感があり、それではただ寝ているだけ。希望が持てないので、私の病院に来られたそうです。がん難民ならぬ認知症難民だったのです。
父の例でもそうなのですが、体を動かし筋肉を鍛えないとますます動けなくなります。この柴犬も後肢の筋肉がかなり薄く硬くなっていました。これでは、立つことが出来ないのは、無理はありません。動物版「認知症難民」。(私は、ブラックジャクには、なれなかったけれど、飼い主さんに寄り添い動物の病気のことを考えていきたいと思っています。それで、お互いの合意点を探りながら、治療をしています)
もちろん、夜は、飼い主さんも犬も寝てもらわないといけないので、催眠剤が必要でしょう。
①四本足で立たせる
5分でもいい。立つことで、重力に引っ張られるので、運動をしなくても筋肉が付きます。そして、立つと血行がよくなるので、床ずれの防止にもなります。
②なるべく朝日を浴びるような時間に散歩に連れて行ってもらう
一説には、朝日に当たると体内時計が上手く動いて、夜眠れるようになるといわれています。
③左右の筋肉の差をなくす
寝てばかりいる犬は、体に癖が出来て、一方方向しか向けなくなります。嫌がる方から、食事を与えて、左右の筋肉の差をなくしましょう。
筋肉をマッサージしながら、レーザーを当てます。認知症になったからといっても、筋肉トレーニングやエクササイズは、必要です。 筋肉がついて、少しでも歩けるようになると認知症が進むのが改善されるともいわれています。外を歩くことで、風景も変わるので、いい刺激になります。人間のアルツハイマーは、海馬が薄くなるので物忘れがひどくなります。そんな人間でも、刺激がいいといわれているので、犬でもゆっくり散歩に連れて行って、家の中では場所の刺激を与えてみてください。
獣医師は、犬や猫の健康年齢を延ばす指導をしないと、と思っているものです。飼い主さんは、始めは難しい顔をしてますが、犬にできること(立たせてみる、マッサージ、ホットパットで温める)をお伝えすると、笑顔が増えますね。
Vol.27(2015年4月号)に掲載。情報はすべて当時のものです。※写真はイメージです。